ネットで小説を書いている人間が駄文を連ねる場所。

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 仁科恵一。我らが御主人様は中学生の主人公にして、面倒見の良い兄ちゃんです。
 彼の名字、仁科は戦国武将、仁科盛信から頂戴しており、裏設定では仁科盛信の傍流(直系ではないが、血を引いている人)としています。

 仁科盛信はあまり有名ではありませんが、彼の父はかの有名な武田信玄。盛信は五男坊で、仁科五郎丸盛信という名称もありました。
 1582年。本能寺の変の三ヶ月前。武田家滅亡へのカウントダウン。
 相次ぐ重臣達の裏切り、寝返りの中、兄であり当主の武田勝頼がかつて城主を務めていた高遠城を守備していた盛信は、織田信長の嫡男、信忠の三万とも五万とも言われる兵に囲まれます。
 高遠城には三千の兵士。
 実は信忠の婚約者は信玄の娘、松姫。織田の武田侵攻により破談となったものの、盛信と松姫は同じ母(まあ、信玄さんは色んな側室いるんで)から生まれた血を分けた兄妹。高遠城に、松姫もいたのでした。
 かつての婚約者と、その兄が詰める高遠城を前に、信忠は降伏を促す使者を送りますが、盛信は使者の耳と鼻を切ってしまうわけでして。武田信玄の血を引く武田武士として、十倍以上の兵力差にも関わらず、果敢に戦い、最後は自決しました。

 さて、その三ヶ月後に本能寺の変が起こり、信長も信忠も没するわけですが、兄を元婚約者に殺され、その元婚約者も死んでしまうという不遇に見舞われた松姫。
 決戦の前に盛信の娘を連れて高遠城から離れていたので身は無事でしたが、尼となることを選びました。

 そんな松姫。否、信松尼の協力者が、幕府に仕える旧武田家臣であり、旧武田家臣も多かった八王子千人同心の心の支えとして、信松尼は生きたのでした。
 さて。八王子といえば、武蔵国多摩群。多摩は徳川の天領と呼ばれる、徳川への思いの強い場所でした。
 八王子千人同心の中に、天然理心流二代目、近藤三助の姿があったのは、いやいや、中々不思議なものであります。
 初代は、三助と手合わせをして天然理心流に至ったという話もあり、その初代の跡取りが居なかったので養子になったのだとか。
 まあ、近藤勇の血の繋がらない、剣の絆のおじいちゃん。

 ややこじつけというか、微かな糸ではあるけれど。
 仁科盛信が徹底抗戦しなけりゃ、松姫ともども、高遠城に治まっていたはず。
 松姫がいなくても八王子千人同心は出来たんだろうけど、彼女の存在は千人同心にとって、とても大きなものだったみたいだ。
 千人同心という下地があってこそ、天然理心流が大きく広まったと考える人もいるわけで、甲斐武田の気概は、ややうがった目で見るならば、新選組にも受け継がれているわけで。
 ちなみに、武田の遺臣達は、自分たちを受け入れてくれた徳川に対して、とっても感謝してたんだとか。だから徳川の天領、多摩は佐幕が多いのかも。
 
 そんなこんなで新選組。その一人が、黒衣のサムライでは異世界に飛んでいって、隊服を置いてきちゃってます。
 それを見つけ、所有しているのが高木。



 そーいうわけで、三国志11でオルゴーが天下を獲ったりしてしまい。
 次回、信長の野望 天下創世PK。メイドとサムライと御主人様が戦国時代を駆け回ります。
 
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