ネットで小説を書いている人間が駄文を連ねる場所。

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 小説をwebに掲載していると、感想を戴くことがある。
 八年も小説を書いていると、それなりに読者諸氏を楽しませる文章を書けるようにもなるらしく、時折「どうしたらそんな小説が書けるんですか?」などと問われることさえある。
 そういう言葉を戴けるのは嬉しいことに違いはないが、返答に困るのも確かである。

 何故、私があのような小説を書くことができるのか。そんなこと、自分が知りたいというのが本音あるが、大切な読者様にそんな無責任な言葉を返すのも失礼である。
 ただ、幾度も同じことを聞かれると大変である。小説を書く上で暗黙の了解となっている「同じ表現はなるべく使わない」という約束事に抵触してしまうからである。
 そりゃ、八年も文章を書いてきたのだから、書いていない人間より語彙力はあると思う。それでも、手を変え品を換え説明するのにも限度がある。言葉は星の数あれど、私の手は二本しかなく、私の知りうる言葉を重ねても、およそ星には届かないからだ。
 
 などと、偉そうに格好の良い言葉を連ねてみたものの、実に意味を伴っていない言葉の羅列でしかない。ここは改めて、己の文章と向き合う必要がある。

 まず、私の文章を濃厚と評してくださる諸氏には、極めて申し訳ないのだけど、実のところ、ちっとも濃厚ではない。むしろ薄味で淡泊な味わいであると自負している。
 否、より正しく表現するならば。
 如何にも濃厚であるかのように見えて、食べてみるとあら不思議。とっても淡泊じゃないの。
 という、中途半端な演技の入ったグルメリポーターのような言葉になる。

 自分の紡ぐ文章なので、そのカラクリは理解している。説明してしまうのもどうかと思うが、考えてみると、バレて困るようなタネがあるわけでもなく、仮にバレた所で誰にでも出来るかと問われるとそうでもないので、堂々と書いてしまうことにした。

 端的に言えば、言葉ばかりが固く、内容や文法はとても柔らかいものを使っているだけである。
 別に小難しい言葉を使っているわけではない。元々、固い言葉が好みであるらしく、必然的に選ぶ言葉も固くなってしまうだけである。
 固いばかりで、決して難しくはない。ここがポイントである。

 言葉や文章というのはあくまでも自分の意見や意志などと伝達するコミュニケーションの媒体にすぎない。ちょっと今風に言うならばツールであり、道具だ。
 芸術的な価値を見いだす方々もいるが、私は文章に芸術性など欠片も求めない。芸術云々と叫ぶよりも、他人を笑わせるほうがよほど楽しいからだ。
 極度のエンターテイメント指向と言えば聞こえは良いが、要するに楽しければそれでいいと思っているだけだ。
 断っておくが、文章に芸術性は存在すると思う。なぜならば、この世に存在する誰か、たった一人でもそれに芸術性を見いだした瞬間に、それは芸術性を伴うからだ。そして、芸術性とは則ち、自己を中心に据えた表現に他ならない。
 自分が感じたものを、どう表現するか。芸術とはそこに終始する。芸術的価値など、本来の芸術からしてみればクソクラエなのである。価値なんて、芸術を他者に依存しなければ理解できない人間のために用意された指標に過ぎない。
 偉そうに書いたが、上にも書いたとおり、私は芸術を解さない。もう、さっぱりわからん。絵や詩を見て「素晴らしい……!」なんて呟く人もいるが、何処がどういいのか、いつも理解できないのである。

 そんな私だから、自身の文章に芸術性なんて欠片も求めない。他人に「芸術的だ!」なんて言って欲しくないのである。私が求めるのは「面白れぇ!」という言葉や、読者様がこっそり「ニヤリ」とする瞬間のみだ。

 長々と芸術と私自身について書いたが、決して寄り道ではない。ほとんど答えのようなものである。
 つまり、芸術とは自己の発露であり、全ては自己で完結する。
 それに対して私。否、エンターテイメントとは、他者に委ねる。

 つまり、私は常に他人が読むことを意識して、他者がどう捉えるかを考えながら書いているのだ。
 芸術性を全て捨てて、エンターテイメントとして文章を書いているのだ。100%混じりっ気なしのエンターテイメントである。
 共感を得ることや、笑わせることを主軸に据えているわけだから、楽しくなければ嘘である。
 勿論、技術も必要だろうし、文章だけにとどまらず、幅広い経験がなければ他人を楽しませることなどできはしない。
 決して私が優れた技術を持ち、多くの経験を積んだとは言わないが、伊達に八年間も文章を書き続けてきたわけではない。多少なり、技術も身につくし、経験だって増える。

 早い段階で、自身の性質が100%エンターテイメントであることに気付き、その方面ばかりに偏らせたことが、強いて言うならば、これまでの作品を書いてきた秘訣なのだろう。


 人間、一つのことをやり続ければ、相応に大成するものだ。
 私は不器用なので、エンターテイメントに集中することでしか大成できそうにない。それだけの話である。

 
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