ネットで小説を書いている人間が駄文を連ねる場所。

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 テーブルトークゲーム。まあパーティゲームと言っても良い。
 仔細はぐぐってもらうとして、ざっくり説明すると。
1.プレイヤーは全員「ひとつの村に住む住人」である。
2.その村に人の姿をした人食い狼が紛れ込んだ。
3.狼は一晩に一人を食い殺す。
4.村人たちは昼に相談し合って、ひとりを絞首刑に処して狼を全滅させる。
5.狼の数と村人の数が同じになった時点で狼側の勝利(狼の方が強いから、一人一殺で村を滅ぼせる)
6.狼を全滅させれば人間の勝利。
7.狼は複数匹いる場合、お互いが狼であることを知ることができる。
8.村人は誰が狼であるか。あるいは誰が正真正銘の人間であるかを基本的に知ることはできない。
9.村には占い師・霊媒師・狩人などの職につく人がいて、彼らは特殊な技能を持つ。

 占い師は夜にひとりを指定して、狼か人間かを判別することができる。霊媒師は絞首刑になった人物が狼か人間かを知ることができる。狩人はひとりを選び、その人が捕食対象者だった場合に襲撃を防ぐことができる。
 場合によってはほかの役職も登場。

 話し合って、誰が狼かを推理する。狼は当然、自分が狼でないように振る舞い、生き残りつつ村人の数を減らしていく。
 占い師は、自分が占い師であることを証明することができないので、当然、狼が占い師を装っている可能性もある。
 そんな騙し合いや、推理合戦が楽しいゲーム。推奨プレイヤー数 10~


 十人以上もリアルで集められねーよ。とか思ってたら、15人集まったのでやってきました。
 嘘で騙すのは実は全然得意ではない。とか言うと嘘くさいですかね。騙すやつを書くのと人を騙すのではまた違うおもしろさと難しさがありました。
 大学時代の学友と、連れの友達(俺とも知己有り)+俺のネトゲ仲間+俺の連れという、なんか全員と面識あるの俺だけだったので、ゲームマスターからのスタートでしたが、さりげなく小説を書く参考になることがたくさんあって、けっこう有意義でした。
 あと、大概のGMは進行役でつまらないかもしれないんですが、これに限って言えば、ある意味で一番美味しいです。誰がどんな嘘をどのタイミングで言っているのかを唯一把握できたりしますし。

 定例化して遊ぶつもり。ネトゲとかゲーム機もいいですが、こういうしゃべるだけのゲームも実に楽しいものです。
わかりにくい書き方をしてしまったと反省したので、もう一度書き直そうという企画。

・マナの才能について
 マナの才能=マナを集められる量。
 集められるマナが多ければ多いほど、大量のエネルギーに変換できる。
 簡潔に言えばマナの量が多ければ多いほど大魔法を使える。

・マナの才能の決定はいつ?
 基本的に母胎にいる間に決定する。厳密に言えば母胎内での過程で変化して、出産時に決定する。
 母胎で成長するあいだに取り込まれたマナが、肉体と融合していく。
 集められるマナの量(=マナの才能)は人間という器に、どれだけマナが少ないかで決まる。
 既に器ギリギリまで水が入ったところに、さらに水を入れようとしてもわずかにしか入らない。
 逆にほとんど入っていない状態からならば、当然たくさん入る。
 つまり、母胎にいるときに取り込むマナが少ないほど、マナの才能は豊かになる。

・なぜ母胎なのか
 閉鎖的な場所であり、栄養が一方通行という状態なので、基本的にマナが蓄積されやすい。
 栄養を取り込む過程で、マナごと取り込み、体内に溶け込む。つまり完璧な融合を果たしてしまい、離れることがないから。
 マナの一切存在しない場所で、マナが一切含まれない食事しかしない母親が妊娠から出産までを過ごした場合、最強の才能の持ち主が誕生することになる。
 シーガイアでは当然、そんな場所も設備も存在しないが。

・例外:高木とひとみ
 高木は才能乏しいが、マナの存在しない世界で育った。つまり、本来は最強になるはず。
 しかし、「シーガイアにきた瞬間」に「マナをとどめる魔法陣の中」で「フィアを母胎とした」ために、恐ろしく大量のマナを取り込みながら誕生したようなもの。
 何もない空間に突然人間が現れる=無から有ができる=生命が誕生する。つまり召喚と誕生は極めて性質が近いもので、誕生と同様の作用が働き、マナの才能がその瞬間に決定づけられる。
 ひとみがシーガイアにきた瞬間は、「高木を母胎として」「概念魔法という極めて少ないマナしか周囲になく」「魔法陣すら無い」という状況だったために、才能豊かになった。


 これでわかるかな・・・・・・ちょっと不安。
 魔法をマナを行使する技術の総称と定義づけている以上、マナは魔法のあらゆる面に関わってくる。
 各個人の魔法の才能についても。

 高木は魔法の才能が少ない。というよりもほとんどない。
 ひとみは魔法の才能に溢れている。

 これは、魔法の才能が親の環境によって決まることに由来する。
 マナを集めるというのが魔法の基本的な発動までのプロセスだが、これは実際には体内に一時的に取り込むことによって、保有する。
 そのため、体内に付帯できる総量が才能になるわけだが、背が高い高木が誰よりも少ないというのは、単純に肉体の大きさで決まるものではないからだ。
 決め手はマナの蓄積量。母体にいるあいだに少しずつ、マナが蓄積されていくのだ。本来ならばくっついたり離れたりするマナが、母胎という閉鎖的空間と、成長という過程において人体と融合して、蓄積されていく。
 故に、マナにあふれた場所で生活し続けた女性から生まれた子供は、魔法の才能が少ない。

 マナには意思のようなものがあると作中でも微妙に言及してあるが、それも加えて、高木の才能の乏しさの説明に至る。
 高木はフィアの召喚魔法によってシーガイアにやってきた。召喚された高木は一瞬でシーガイアに飛ばされたわけだが、これは一種の誕生であるとも言える。周囲のマナを取り込みながらシーガイアにやってきた。
 母体となっているのがフィアの召喚魔法。魔法というマナの集合体から生まれた高木はマナと九割がた融合してやってきた。
 別の捉え方をするならば、フィアから生まれたのだ。フィアは才能豊かな魔法使いであり、マナも常時溜め込んでいるであろう。高木の魔法の才能はどのみち少なくなる。
 極めつけは魔法陣である。マナを長く変化させる術式を編みこんだ魔法陣を使用しての高木召喚だった。
 融合する=変化すると捉えるならば、もう遺憾なく融合しまくっていただろう。

 対してひとみは、高木が召喚した。しかもロクにマナを使わない概念魔法での召喚であった。魔法陣の使用もなく、ほとんどゼロに近いマナのなかでシーガイアに召喚された。
 このことから魔法の才能は著しく、世界最強とまで言われた。


 こういう設定作ってみた。
 基本的にいじめについては、誰が悪いと一概に言い難い問題であるというスタンスである。
 正直、ニュースになっていたいじめは度を越していて、とりあえず親と子供両方に実刑あっていいんじゃねえかとか考えてしまうが、そういうのは世の人に任せておく。
 私個人ができるのは、せいぜい過去の経験から死なない程度に生きる術を提示するぐらいだ。


 いじめ回避の最大のポイントは逃げにある。
 RPGと一緒だ。ピンチのときの雑魚遭遇では逃げの一手を打つのが正解なのだ。勇敢に戦って全滅するよりも、逃げて街にたどり着いたほうが良いわけだ。
 抽象的に書いたが、具体的に言えば「引越し」「引き籠もり」「家出」などの方法がある。
 私がいじめられていたのは小学生から中学生のあいだであったが、小学生の時は友人に助けられた。中学生の時は助けてくれる友人がいなかったので引きこもった。
 我が家こそ最大の城であったわけだ。魔物は入ってこれない。幸いにして両親とも俺の逃げの姿勢に対しても「仕方ない」と容認してくれた。
 一か月間ほど休み、遊びほうけた。プレステを朝から昼までして、昼飯食って昼から本を読んだりプレステして遊んだ。
 それで飽きたので、学校に行った。中学校の先生が家に来たり、小学校時代の恩師が訪ねてくれたり。環境に恵まれていた。
 なので、一ヶ月でなくてもいい。好きなだけ休めばいいし、勉強なんてなんとでもなる。できなくても良い。

 中学校時代にいじめられて登校拒否かまして、一ヶ月休んだ後に頑張って学校行った当日に、背中に「バカです。蹴ってください」とかいう張り紙貼られてても、まあ、なんとかなった。泣きながら職員室に駆け込んだら鬼みたいな先生がブチ切れて教室に怒鳴り込みに突っ込んでいってくれた。
 なんならもういっかい逃げればいい。家にも居場所がないなら家出してしまえばいい。どこでもいい。警察行ってもいいし、児童相談所でも、なんでもいい。逃げるなら全力で。
 正直、中学でのいじめなんて後々に割と役立つもんだった。あくまで私個人に限ればだが、目立ちたがり屋で無理に注目を集めようとしていたりした性癖の矯正に貢献してくれた。そのおかげなのか知らないが、高校では普通に彼女が出来たり、生徒会役員になったり、なんか充実していた。
 大学では一生モノっぽい友達がいっぱいできた。引き籠もり時に散々読んだ本が現在の趣味に至り、ネットじゃ人気がそこそこあった小説なんぞを書いたりしてきた。
 就職はネタみたいな不幸の連打でことごとく潰れたが、まあフリーターが容認される時代でもあるし、女子高生に惚れられたり、なんだかんだで謳歌してたりする。

 問答無用で背中を蹴られていた14歳の日々から、人生なんて盛り返せたりする。
 むしろ、逃げ方を覚えれば後々に役立つ。もし自分に問題があっていじめられているならば、それを治す機会にもなる。
 全部前向きに捉えることはできないけど、高校生までは「何事も勉強だ」とか自分を納得させておけば、周囲も「何事も勉強だよね」と思ってくれるもんだ。

 全然説得力がないかもしれんが、逃げちゃっていいと思う。偉い先生も逃げろって言ってたらしい。
 どこに逃げていいのかわからん場合は、まず引き籠もり。親が強制的に屋外退去させてきた場合は、そのまま家出。学校サボるだけでもいい。
 いろいろ考えてみればいいと思う。答えなんてでないだろうけど、勉強より頭を使うこと請け合い。
 逃げれば考える時間が生まれる。これだけでも人生にとってプラスだと思うわけだ。
「無駄が嫌いと言う人がいるけれど、どこまでが無駄なのかしらね」
 サイトーさんは賢い人であるが、たまにコーヒーを気管に流し込んでしまい、盛大に噴出することもあるお茶目な人でもある。
「無駄の定義ってこと?」
「もう少し狭い範囲ね。人生における無駄というのかしら。要するに、どうせいつかは死ぬんだから、生きていることそのものが無駄という考え方だってあるわけでしょう」
「なるほど、逆を言えば楽しければどんなことも無駄とは言い切れないね」
「デブにしたってそうよ。無駄な贅肉といえばそれまでだけど、世の中にはデブ専だっているわ。その人たちにしてみれば無駄どころか必要なものよ」
 巨乳だってそうかもしれない。母乳は胸の大小には影響しないと聞いたことがある。あの脂肪の塊は、贅肉同様に必要のないものであるにも関わらず、多くの男にとって必要とされている。
「私は大きいわよ。他の部分は細いけどね」
「それは残念だな。僕は小さいほうが好きなんだ」
「……無駄に重いわね」
 その無駄に重いものの所為で肩が凝るサイトーさんだが、困っているのはむしろ僕だ。
 大きかろうが小さかろうが憧れているのに、僕が揉むことを許されているのは肩だけだ。
「……揉めば小さくなるらしいよ」
 無駄とは知りつつ、そんなことを口走っておいた。
 僕も健全な十七歳の高校生だ。無駄口を叩くことに労力を惜しみはしない。
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